1603年愛知県 三河地区より徳川家康の命に応じ、三河屋が江戸に移転
その後のれんわけを隔て「三」を継ぐ商人と「河」を継ぐ商人へと分離
1877年東京府により問屋仲買業者制限令が発動。
その中で神田地区へ三河屋の「三」を継ぐ問屋が出店
1918年米騒動により法規制の意識高まる
1923年3月中央卸売市場法が制定
9月関東大震災により日本橋魚河岸(元祖築地・豊洲市場)と江戸八辻ヶ原(元祖神田・大田市場)が崩壊し全国の生鮮食料品の流通が途絶え危機に陥った事により法規制準拠型の市場設立の意識が最高潮に高まる
1927年東京都中央卸売市場 神田市場(千代田区)開場により
三河屋末裔の三彌商店も移転
1930年三彌商店から三鉄商店と三秀商店へ分社
三秀商店は【木村 榮次郎】を社長として開業
当時、三彌商店、三鉄商店、三秀商店は三兄弟で経営
1958年木村家長女【木村恵美子】と稲垣家長男【稲垣憲】が結婚
1971年4月法人化により有限会社 三秀 設立
代表取締役 稲垣 憲 就任
1976年有限会社さんひで 設立
代表取締役 雨宮 厚美 就任
1981年有限会社さんひで 資本独立
1989年5月東京都中央卸売市場 神田市場は 大田市場へ移転
移転に伴い、本社も大田市場へ移転
2014年10月17日稲垣 憲 死去
10月代表取締役 稲垣 憲一 就任 現在に至る